2010年3月、虹の橋へと旅立ったビーグル犬『ケン』のお話し
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2010年3月3日虹の橋へ
2011年03月03日 (木) | 編集 |
これは、ケンの最後の闘いの記録です。

先の事はまだ考えたくない、つらい過去を思い出したくないという方はパスして下さいね。

また、コメント欄はしばらく閉じさせて頂きます。






2010年3月3日(水)




2度目の発作の後、ケンは一度だけ立ち上がった。

消耗しきったその身体に、もう力なんてどこにも残っていないはずなのに・・・。

でも、自らの力で立ち上がり、4本足で立った。


自分はちゃんと立てるんだよ、元気だよ・・・って私達に示しているようだった。


犬が4本足で立つなんて当たり前の話だけど、寝返りすら自分では出来なくなっていた
ケンにとって、それはとてもすごいことだったんだ。

ケンのその頑張りは、胸が痛いようで、でもめちゃくちゃ嬉しかった。





一睡もせずに迎えた朝。

気が張っているせいか、不思議と眠くはない。



6時半頃、父は先生に連絡を入れ状況を報告した。

点滴をした方がよいか確認したら、その方が楽になるからしてやってくれと言われた。



私は、本当は会社を休みたかったけれど、前日頼まれた急ぎの仕事がある。

他の人に迷惑をかけるワケにはいかないから、早く出勤して早く帰って来ることに決めた。

父はこのまま休むけれど、母は引き継ぎをしなくてはいけないとのこと。

ケンはだいぶ落ち着いている。


それでも、急いで仕事を片付けて戻ってくるまでの1時間弱は、気が気じゃなかった。

私が帰るとすぐに母も帰ってきた。



この日も全員で祖母の部屋で過ごすことにした。


午前中、ケンの様子を聞いた叔父と叔母が駆けつけてくれた。

さすがに、ケンにはもう起き上がる体力は残っていない。



それより母があることに気が付いた。

「ケン、もう目が見えていないんじゃない?」

いつからかは分からない。

けれど、確かに、誰かが動いても目で追うことがなくなった。


徐々に、ケンの生きていくための機能が失われているようで、切なくなった。




この日の昼間は、点滴が効いているのか、ケンはすごく穏やかな表情をしていた。

微笑んでいるような、まどろんでいるような表情。

これが、ただ普通にお昼寝をしているだけだったら、どんなに良かっただろう・・・。



昼過ぎ、さすがに家族の間にも疲れが見え始め、交代で仮眠をとることにした。




15時。

それまで曇っていた空が、ぱーっと明るくなった。

先に仮眠をとった祖母と母に、「少し横になりな」と言われた。 でも寝たくはないんだ。






16時。

ケンが突然吐くしぐさをした。

自分で必死に身体を起こそうとするが、もうそんな力は残っていない。

私達で身体を支えて起こしてやり、やっと吐いた。

もう何日も食べ物を口にしていないから、吐しゃ物は黄色い胃液だけ。


しばらくして、吐き気が治まったかのように見えた。

ホッとした私達。



でも、すぐに3回目の発作が始まった。

今度の発作は、1回目や2回目の状態とは違っていた。

手足を、まるで駆けっこをしているかの様にバタつかせ、口はほとんど開いていない。

その変わり、すごい勢いで鼻呼吸をしている。


口々にケンの名前を叫ぶ。

これ以上ケンを引き戻すことはしないという約束を思い出す。

「頑張って」と言う代わりに、「もう頑張らないでいいんだよ」「楽になっていいんだよ」と
声をかける。




ケンの鼻先にある私の左手には、ケンの吐く息が当たっている。

必死に呼吸をしている。





そして・・・





ふっと、手に感じていた息づかいが消えた。


「止まった」

思わず私は声をもらした。


母は、「まだ心臓は動いてる」と言って、ケンの胸に耳を当てている。

でも、次第にそれも感じられなくなった。




16時43分。 ケン、永眠。




全員が泣きながらケンの名前を叫び、身体にしがみつく。

表情は、あれだけ苦しんだのに とても穏やかだった。





しばらくして、ケンの身体を綺麗にしてあげる作業に取り掛かった。

最後の発作で、身体からはずっと出ていなかった おしっこやうんちが出ていた。

そういえば、あんなに治療しても治らなかった外耳炎の症状も、
舐めてハゲを作っていた前足も、綺麗に直っている。


自分の身体を 元気な元の姿に戻して、旅立っていったんだね。




その後、ケンを祖母の部屋から仏間へ移動した。神棚の扉を閉める。

仏壇の前にあった 線香などを乗せている台をケンの前に移動し、
ケンが大好きだったおやつを脇に並べた。



それから私は市内にあるペット霊園を探した。


見付けたのは、移動火葬車を扱っている会社。

知らない土地で火葬されるより自宅の方がいいね、という全員の一致でそこに決めた。


自宅に来た業者の方と手続き進める。とても丁寧な対応だった。


ケンの火葬は翌日の朝8時半からに決まった。




業者の人が帰った後、入れ替わりで次々に来客があった。


まずは、一旦帰っていた叔父と叔母が、ケンにとおやつを持って。

そして、向かいのお宅のおばあちゃんが。

夜になって、市外に住んでいる私の弟が、仕事が終わってから2時間かけて来てくれた。


みんな、お線香をあげてケンのそばに行き、話しかけていた。


ケンのことをとても愛してくれた人達。 そして、ケンもみんなのことが大好きだった。




私達も、できる限りケンのそばにいた。

 
 「頑張ったね」


 「今までありがとう」


 「これからもずっと一緒だからね」


何度も何度も話しかけ、身体に触れた。

冷たくなったケンの身体。

でも、ケンの毛の硬さや輪郭は変わらない。




その日は、全員が 仏間の隣にある和室で夜を明かすことにした。

祖母は、ろうそくの火を絶やさぬよう、ずっと起きているとのこと。

私も、時々ウトウトしながらも出来るだけ起きていた。



ほぼ一晩中、ケンを見ていた。

いつものお昼寝の時と同じ表情。

ふいに起き出したりするんじゃないかって思えるぐらい、普段のままのケンがそこにいた。








生と死が本当に隣り合わせにあるんだってことを、この時 私は初めて知りました。

瞬きをする一瞬、呼吸をするその一息で生は死に変わる。

こんなにもすぐ近くにあるなんて・・・。


ケンの最後の呼吸は、今も私の左手に残っています。




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